学校辞めたけど、まだ不幸になってないよ。【通信制編】
ども!
もしけんです(*´∀`)♪
今回は、【学校生活編】の続きという事で、
出席日数が足りず、通信制に通う事になった私が、大学合格までにどんな生活を送っていたのかお話しします!
通信制
【何もない】
通信制に転入し、しがらみから解放されたと感じていた私。
『学校に行かなければならない』という意識は確かに感じる事は無くなっていった。
ただ、私は現状を悲観し、ストレスから『転入』に至ったパターンだ。
『やりたい事など何もない。』
『やらなければならない事も何もない』
すべき事、したい事が見つからない状態になった。
『何もない。何も感じない。』
虚無感ともゼロベースとも何か違う、感情が芽生えた。
今でも適当な言葉は見つからない。
だが、もちろん感情が無くなったわけではない。
言い換えるとするなら、『選択基準がなくなった』と言うべきか。
今まで、
『学校に行くのが当たり前』『勉強するのが当たり前』『教師の指示に従う事が当たり前』
社会の常識、他人の価値観にどっぷり浸かった生活をしていた私だ。
自分の価値観を持ち合わせていなかった。
自分を表現する事に抵抗があり、自信もなかったと言うこともあるだろう。
ただ、人間の適応能力は素晴らしく、この感情はしばらくするとなくなり、とりあえず勉強する事にした。
【通信制生活】
通信制の生活は、自分にとって、ストレスとは無縁の生活とも言えた。
通信制の場合、学校に行く事は月に2回ほど、課題もあるが、教科書に書いてあることを書き写すだけでの作業で、1科目あたり数時間あれば1月分が完了してしまう。
また、誰かと比較し成績をつけられることもなければ、椅子に座って勉強する時間も設けられていない。
子供ながらに時間を自己管理下に置くことができた。
自由を手に入れられたと同時に、人生が初めて自分事として腑に落ちていった期間でもある。
自己管理能力が問われる一年ではあったが、人は追い込まれるとそこそこやるもんだ。
自分の場合は、何もしないことが落ち着かなくて勉強したのもあるが、1日10時間以上勉強したりしながら、生活していた。
【友人のありがたさ】
スマ部の活動も引き続き、活発に行われていた。
昼間は自分で勉強する。夕方からは毎日友人たちがやってくる生活。
勉強に集中したかった時もあったのは事実だが、それ以上に学校をやめてからも馬鹿みたいに遊びに来てくれる友人たちのおかげで、モチベーションやメンタルが維持されていたのは間違いない。本当に感謝しかない。
【進学or就職】
通信制といえど、この選択はしなければならない。
通信制に行ってなければ、「どこの大学に行くか」という選択しかなかったと思うと選択肢が増えたことは自分にとって間違いなく良いことだった。
ただ、両親の内心は、進学してほしいという気持ちがあったと思う。
自分もまだ働くイメージが全くわかなかったため、不安もあったが結局は進学という道を選んだ。
【卒業式】
大学は無事合格した。地方と言えど国立大学だ。
両親も少しは安心したようだった。
そして迎える卒業式。
今だから思うが、通信制で自分が感じたデメリットとして明確に言えることがある。
それは…
『卒業式に友人が誰もいない(笑)』
当時は何も思わなかったが、今振り返ったときに少し寂しくなった…
もちろん、自主的に作りにいかなかった私に原因があるのだが、月2回、しかも選択制の授業では、連続して会うことはあまりない(笑)
もし通信制に行くのであれば、人間関係の構築はあまり期待できないと思ったほうがいい。
以上、これが私の高校生活です。
思い出しながら書いたこともあり、ざっくりしすぎて伝わらないとこもあると思いますが、ここまで読んでいただきありがとうございます!!
最後に。
学校をやめるか悩んでいるあなたへ。
学校辞めたときは、どうなるか不安もかなりありましたが、無事大学に進学し一部上場企業にも就職することもできました(もうやめたけど…)。
学校をやめることには、デメリットもあるし、メリットもある。
学校をやめることは悪いことではないし、悲観することでもない。
むしろ、視野が広くなり、選択肢が増えることもあるでしょう。
一つ一つ自分に向き合って選択していけば、きっとより良い選択ができるはずです。
迷いながらも、一歩踏み出してみてください。
では、今回はここまで!
次回は、学校行く価値について持論をぶちまけてみます!
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それでは!